尾瀬沼から会津駒へ
樋口 正雄
五月ニ日お昼前、どんよりした曇り空の下、観光客に混じって、スキー板を担ぎ、大清水でバスを降りる。湿原には、水芭蕉がたくさんの白い花を付けている。尾瀬沼への道を歩き始める。森の木々の芽はまだ硬く、芽吹きには早い。残雪が目立つ様になり、小雨が降ってくる。深い霧の中、三平峠に着く。スキーを履き、滑降に入る。やがて、真白い雪原が目の前に広がり、尾瀬沼の一角に着いたことを知る。湖岸に板を滑らせ、長蔵小屋に着く。ここは、宿泊の客でにぎやかである。小屋のはずれにひとりでテントを張る。
三日、朝から小雪。テントを担ぎ、燧岳へと向かう。尾瀬沼は、雪に覆われ、周りはトウヒの森が迫り、神秘的な雰囲気を醸し出している(写真1)。森の中は、赤旗が所々にあり、だいぶ前に人が歩いた跡をたよりに登る。やがて、岩が出てきて、少し登ると頂上に着いた。会津の御池からの多くの登山者が登ってきていて、今日、初めて人と話をする。
写真1 燧岳登山口より長蔵小屋辺りを見る
頂上からの滑り出しは、雪の斜面が35度位あり、荷物も重く、ちょっと躊躇させられる。しかし、一回目の回転がうまくいくと、後は、快適に滑り降りる。左よりに滑り、広い雪の台地の熊代田代に着く。空が明るくなり、雲が切れてくる。やがて、お昼過ぎ、除雪された道路に出て、御池に着く。
快適なロッジが目の前にあり、里心がついて今日はここに泊まろうか、誘惑にかられる。まだ、昼過ぎで時間も早いことを自分に言い聞かせ、会津駒の尾根道にスキーを滑り出す。大杉岳を越え、尾根の登り下りにいい加減ウンザリしてくる。さらに、風雪が激しくなる。大津岐山を越えた林の中にテントを張る。
四日、二日間荒れた天候も回復の兆しが見えてきた。ここは、キリンテへの下山路にあたり、計画どおり荷物をここにおいて、空荷で会津駒を往復し、ここから檜枝岐に下山することにする。出発して直ぐに、天候がどんどん回復してきた。背後には、燧岳・至仏岳が雲の上に白い頂上を見せている。さらに越後駒・中ノ岳・平ケ岳、目の前に純白の会津駒と上信会越の山並がすべて見渡せる。平坦な尾根にゆっくりと板を滑らせる。やがて、檜枝岐からの道と合流し、頂上を目指している人が多くなった。斜面を登りきると、雪に埋まった駒の頂上の標識に着いた。この三日間の縦走の終着点として、深い雪に覆われたこの頂上はふさわしかった。
あたりの景色を堪能した後、滑降に入る。頂上の斜面で何回か回転した後、尾根を避け、左の浅い谷に滑り込み、檜枝岐からの登山道途中の鞍部で大津岐山を望む所に出る。登ってきた雪庇の尾根を避け、谷の大斜面を滑り、尾根の最低部に一気に出る。後は、尾根沿いにのんびりと滑り、荷物を置いた所に着く。
一休みした後、主尾根を外れ、キリンテの尾根に入る。広くふくよかな尾根に麗しいカーブを描き、どんどん高度を下げる。会津駒がもう遥か頭上に望まれる(写真2)。板の滑るままに快適な所を下ってしまい、夏の道から完全に外れたことに気が付く。もう、村が下に見えているので、残り少なくなった雪の斜面を一気に下り、村はずれに出た。
写真2 キリンテの下りから会津駒を見る