八ヶ岳の「遠い飲み屋」へ

     樋口 正雄

 八ヶ岳の網笠山と権現岳の鞍部に青年小屋はある。インターネットには、標題のウエッブがあり、一日おき位で、小屋の周りの自然を写真付きで発信している。感想をE-Mailで送ると、すぐに、丁寧な返事が返ってくる。夏から小屋に飲みに行こうと思っていたが、夏山の混雑を思い、なかなか行く機会がなかった。「十一月四日で小屋終いですよ」との案内をもらって、紅葉の八ツを歩き、青年小屋に泊まろうと思っていた。十月始め、千葉に引越して来られたHさん夫妻と二泊三日で苗場山に行った帰りに、八ヶ岳に行きたいとのことで、この青年小屋の話をして一緒に出かけましょうとお誘いして、計画がまとまった。

 十月十三日朝、Hさん運転の北九州ナンバーの車で東京を出て、中央高速に入る。快晴の空の下、甲府を過ぎると、左手にゴツゴツとした甲斐駒ケ岳が聳え、右手に薄青く霞んだ八ヶ岳が見え出す。十一時頃、登山口の観音平に着く。

 黄色く紅葉したカラマツやコナラの林の中を歩き始める。ひんやりと乾いた空気が心地よい。「雲海」に来ると、林の木々の間から、青い空の下、雄大な裾野を引いた富士山が見える。次第に、道は傾斜を増して来る。晴れていた空もいつのまにか雲が広がって来た。森を抜け、ゴロゴロした岩の道となり、二時過ぎ、2524mの網笠山に着いた。肌寒い風が吹き抜ける。頂上には、赤岳方面から縦走して来て下山する人やこれから権現岳に向かう人達が大勢休んでいる。

 シラビソの林の中を少し下ると、青年小屋に着いた。気持ちの良い応対をする若い女性が宿泊の受けつけをしている。彼女−西村のぶえさんが、遠い飲み屋の主人だった。六畳位の部屋を割り当てられ、窓から寒々とした網笠山の岩ゴロゴロの斜面を眺めながら、コタツに入ってビールと酒でくつろぐ。週末で泊まりの人が多い様で、後から感じのよい夫婦二人連れが同宿となり、一緒に酒を飲んで、山の話をする。やがて、ウトウトとしていると、夕食の案内があり、薪ストーブが燃えた暖かい部屋に移る。サラダや魚のフライなど、山小屋としては手が込んだ料理を出してくれる。

 翌朝、快晴。小屋の前からは、雲海の上に、富士山が雄大に見える(写真)。朝食も手作りのシュウマイなどを頂く。ゆっくりと支度をし、七時過ぎ、西岳に向けて出発する。地表には霜が降り、大きな霜柱が地面を持ち上げている。四十分位で気持ちの良い森を抜けると、頂上に着いた。遠く、南・中央・北アルプス、御岳が広がり、すぐ近くに網笠山、権現岳、赤岳、阿弥陀岳とシルエットになって見える。眼下には、緑の富士見高原が広がている。すっかりまわりの景色に酔ってしまう。同宿の夫婦がやって来たところで、もと来た道を小屋へ戻る。

 帰り道は、網笠山を迂回している道を辿る。観音平に戻り、車で富士見高原の鹿ノ湯温泉に行く。黄色く色付いたカンバの林を眺めながら露天風呂につかる。温泉の大広間でビールを飲み、くつろいでいると、西岳で別れた夫婦連れもここにやって来て挨拶を交わす。紅葉の森、素晴らしい日本アルプスや八ヶ岳の眺めと青年小屋でのくつろいだひとときという同じ思い出を共有したためか、長年の知り合いに再会したような感じであった。

           夜明けの富士山(青年小屋より)