残雪の吾妻連峰
樋口 正雄
四月二八日早朝、短いスキー板を抱え、ひとり東京を立つ。八時前、福島に着く。空はよく晴れ、西には、残雪を付けた吾妻の山々が見える。浄土平行きの定期バスに乗る。街を抜けると、爽やかな春風が吹きわたり、森の木々はまぶしい新緑を吹き、リンゴの木が白い花を付けている。九十九折の道路を進み、火山特有な荒地を通る。やがて、観光客で混雑する標高1650mの浄土平に着いた。
黒い森に覆われ、どっしりと聳える東吾妻山に向けて歩き始める。静かな針葉樹の森の中、残雪を辿って登る。1時間半程で頂上に着く。西北には、これから歩く西吾妻山へ連なる雪の尾根がたおやかに連なっている。南には、磐梯山、安達太良山と聳え、眼下に裏磐梯の大小の湖が薄青く望まれる。
お昼ごはんを食べている中高年の人たちの前で、スキーを着けて、下り始める。一気に姥平まで滑り降りる。湿原を歩き、静かに湖面を漂わせている鎌沼の一角に出る(写真)。快晴の空の下、微風が吹き、伸びやかな草原の中、休憩も長くなる。
一切経山を登りはじめる。この山の周辺には、全く雪がない。頂上は大勢の人が休んでいる。眼下に真っ白な五色沼が見下ろせる。これから先、全く、人の気配が見えない。火山岩の間を下り、沼上部の雪の部分から板を着け、沼の横を滑っていく。やがて、家形山の鞍部へ登り返し、尾根から右の雪渓へ降りる。快適に回転を続けて400m程下り、避難小屋に着く。まだ、3時前だが、結構疲れたので、荷を解き、ここに泊まる。
二九日、朝方寒くて何度も目が覚める。小屋の外に出ると、福島盆地の背後の山から赤い朝日が輝きだす。今日は、一気に西吾妻まで縦走する予定だ。
昨日、快適に下った雪渓は、凍結し、キックしてもわずかしかステップがきれず、危なっかしい足取りで尾根に戻る。尾根道は、オオシラビソの密林の中となり、恐れていたとおり、雪の足跡も不明瞭となり、ルートに迷う。時々出てくる赤旗や夏の標識がたよりである。森の中、反対から来た3人パーティに今日始めて会う。烏帽子山、東大顛を過ぎ、広大な雪原の弥兵衛平に出る。頭上からは、ギラギラと太陽が肌を焦がす。殆ど滑らないスキーを一歩一歩と前へ進めて、人形岩に出る。ここは、天元台スキー場からリフトでツアーに来た人がたくさん居る。昨日登った東吾妻、一切経は遠くなり、目の前に西吾妻がぐんと近くなった。
お昼も過ぎ、大分消耗した。よたよたしながら、西吾妻への最後の雪の斜面に板を滑らす。頂上は、広い台地となっており、危うく、通り過ぎてグランデコの方に下る所だった。登りなおし、最後の滑降で3時前、西吾妻小屋の前に着いた。
今日も小屋は一人だ。紅茶で寛いだ後、スキーを履いて、西大顛の往復に向かう。鞍部まで滑り下り、登り返す。やがて、広い頂上にでる。磐梯山が直ぐ近くに見え、背後に鏡の様な猪苗代湖が見える。帰りは、大斜面に大きなスプールを付け快適に滑降する。5時前、小屋に戻る。
三十日、昨日とうって変わって、朝から雨。7時前に小屋を出て、若女平へと板を進める。朝のクラストした雪の下りにひざが疲れる。やがて、尾根が細くなり、板を担ぎ、コブシの花が咲き乱れる道を下る。9時前に白布バス停に着く。
雪が融けだした酸ケ平の鎌沼