雪の武奈ヶ岳

 京都北の比叡山から琵琶湖西岸に連なる千メートル前後の比良山系は、渓谷が縦横に走り、四季折々に山歩きを楽しめる。JR湖西線が山脈の東に平行に走り、交通も便利で、関西から比較的近く、日帰りで出かけることが出来る。この時期、裏日本性気候の影響ため、かなりの積雪が予想され、冬山の気分が味わえるのではと期待して、会社の人と山登りの計画をした。

 「関西地方は快晴」との天気予報に期待して、一月三一日朝、京都の出町柳から朽木行きバスに乗る。期待に反して、天気はどんよりした曇空である。しばらく暖かい日が続いたせいか、三千院のある大原あたりでも殆ど雪が融けてしまっている。分水嶺を過ぎ、滋賀側の安曇川沿いになると、山の斜面に雪が目立つ様になる。一時間程で大きな寺のある坊村で下車する。ここは、三十五年位前に京都に住んでいた友人と一緒に山登りに来ているのだが、村の様子は全く記憶が無い。

九時前、小雨が降る中、明王院の横から御殿山に続く尾根に取り付く。杉林の中、雪の踏跡に従って急な斜面を登る。雪は三十センチ位積っているが、踏跡がしっかり残っている。一時間ほどで尾根の上に出る。西風が吹き、積雪は一メートル近くある。木々は真っ白く雪に覆われ、尾根には小さな雪庇も出ている。ゆっくりと休んでいると後から登ってきた人達に次々と追い抜かれる。

 

       雪の尾根を武奈ヶ岳へと向かう

 

 ワサビ峠を過ぎると、吹きさらしの雪の尾根になり、視界は二十メートル位となる。やがて、八雲ヶ原から登ってくる尾根と合流し、一時前に武奈ヶ岳に着く。頂上の東側で風を避けて少し休む。下りは、登ってきた雪道を戻る。ワサビ峠から登ってきた尾根と分かれて、踏み跡を頼りに左の谷へと下る。大きな谷を一つ越え、中峠へと登り返す。この斜面の雪は深く、膝の上まで潜る。中峠を越えて、さらに奥ノ深谷の本流に下ると、雪の台地が広がり、その間を透明な川が流れている。幾つかテントも見える。ここは、夏は、谷の横に白い砂地が広がり、木々に囲まれて、静かでくつろげる場所である。荷物を降ろし、コンロに火を着け、お湯を沸かす。おやつを食べながらコーヒーを飲むと、体が暖まって、少し疲れてきた体にしみわたる。

 

        雪の中を流れる奥ノ深谷

 

 ここから大きな雪の踏み跡の斜面を登り、三時頃、金糞峠に着く。少し晴れ間が見え出した曇り空の下、海のような琵琶湖が薄い青色に望まれる。峠から溝のような跡が着いた急な雪道を半分滑りながら下る。高度を下げるにつれて、雪も緩み、暖かくなる。やがて、車道に出て、イン谷口の登山口に着く。定期バスの時間までだいぶ間があるので、比良駅まで歩くことにする。前方に琵琶湖を眺めながら刈り取りの終わった水田の間の道を歩く。

五時過ぎ、駅に着いて、電車を待つ間、駅前の観光案内所に行く。ストーブにあたりながら、おばさんと話をして、熱いインスタント・コーヒーを頂く。こちら側から比良山に登る比良ロープウエイとスキー場が経営難で閉鎖するらしく、ロープウエイの存続運動をしているので署名する。山屋からすると、自然が回復されて閉鎖された方が良いが、地元から見ると、観光等の収入が減るのは困るのだろう。やや、複雑な心境になる。

 

       金糞峠から琵琶湖を望む(加藤隆一氏撮影)