初冬の恵那山
樋口 正雄
中央アルプスの最南端に位置する恵那山は、歴史の山である。伊那の園原から恵那山の北の神坂峠を越えて木曾の霧ケ原へと通づる道は、昔から交通の要所であった様だ。古くは日本武尊が神坂峠を越えたという伝説もある。現在は、中央高速道路の恵那山トンネルがこの山の下を通り、伊那谷と木曾谷を結んでいる。
インターネットで恵那山を検索すると、恵那山専用のウエブが2つ程あり、恵那山の四季の山行記録が写真付きで見ることができる。この山に通いつめているファンのエッセイを読むと、一度行って見たいものだという気分になる。しかし、2000mそこそこの何も変哲もなさそうな山に、東京から電車では交通が不便で一泊してまで行く気にはならなかった。
12月の暮も押し迫って、甲府に勤めている知り合い2人から、恵那山に行くけど、一緒にいかないかとの誘いを受け、これは良い機会と誘いに乗る。早朝4時半に甲府を車で出て、8時半過ぎに、標高1500mの神坂峠に着く。雪は殆どなく、恵那山がドッシリと聳えている(写真)。左手の南アルプスの全山がスカイライに見える。山の上には、どす黒い雲がたなびき、天気は、みるからに悪化する傾向にある。真南から見る中央アルプスは、空木岳や木曾駒ケ岳が重なって見える。その右には、八ケ岳も小さく見える。あたりは見渡す限り笹原が続き、気候のよい時に訪れると、快適な高原の散策が味わえそうである。ただし、今は、寒風が吹きぬけ、寒々としている。
まばらな針葉樹林帯の中を歩き始めるとすぐに雪が舞い始める。「雨より雪の方が気分は良いですよ。」と強がりを言いながら頂上を目指して歩く。しかし、登る程に、雪は激しくなり、天狗ナギの切れた尾根を行く当りでは、積雪が20cm位となる。二人の相棒は雪山が全くの初心者であり、戻るべきか迷うが、比較的風が穏やかなため、前進する。森林の中、主稜線に出る直下の雪の急斜面を登りきると、頂上に続く穏やかな稜線に出る。南から強烈な風が吹き付け、顔に痛い程着き刺さる。やがて、頂上に着く。
写真を撮っただけで、すぐに引き返し、頂上避難小屋に入る。小屋の土間でコンロに火を付けて、お茶を沸かし、お昼を食べる。小屋の外は吹雪となり、みるみるうちに雪原となる。
再び、吹雪の尾根に戻り、下山する。登りに夏道を歩いた樹林帯の尾根も積雪が30cmを越え、神秘的な雪山に変貌している。雪の尾根に自分たちのトレースを付けて、ひたすら高度を下げる。雪は次第に霙に変わってくる。やがて、車道に出て、暗くなる前に神坂峠に帰りつく。
ヘッドライトを付けた車で山を下る。美濃側に一旦下り、中央高速に入る。すぐに、長い恵那山トンネルをくぐる。途中、諏訪のパーキングエリア内の温泉にて、一風呂浴びる。すっかり冷えた体を湯に浸し、疲れた手足をもみほぐす。あわただしい日帰りの山だったが、ずっと気になっていた山を登れて満足だった。頂上に至る道は今回辿った道と、もう一つ木曾側からの道があるきりで、深い森林に覆われた山である。また、頂上の小屋も快適で、今度は、この小屋に一泊して、木曾側の道を歩きたいと思った。
神坂峠上より恵那山を見る。(右手前の尾根が登山ルート)