アカヤシオ咲く御在所岳

 

 名古屋の西南に連なる鈴鹿の山は、千メートルを少し越える低い山が連なっている。山は森に覆われ、岩が露出し、興味引かれる山域である。名古屋に転勤して最初の休日となった四月二九日の朝早く、近鉄電車に乗り、ひとり名古屋を出る。四日市を経由して、湯ノ山温泉に向かう。電車からバスに乗り換え、八時前に湯ノ山温泉に着く。静かな温泉街を三滝川に沿って歩く。気温が二十度近くまで上がり、長袖シャツでは少し暑く感じる。空は雲一つなく晴れ、目の前には、緑に満ち溢れた山が広がる。新芽が吹いた森に沿った谷には、白い大きな岩ころがり、青い水が勢いよく流れている。

岩尾根を登る「中道」コースに取り付く。ツガの木々が生えた尾根を登っていく。このコースはなかなか人気があるようで、軽装で大勢の人が登っている。やがて、道の真中に大きな二枚の白い岩が立てかけられた様な「おばれ岩」に出る。ここからは岩の間を登る。左の山の斜面は、緑の森の上をロープウエイの赤いゴンドラがゆっくりと登っていく。高度を上げていくと、木々の新芽も小さくなり、やがて潅木が多くなってくる。所々、アカヤシオがピンク色の花を付けている。残念ながら、シロヤシオはまだ花が開いていない。やがて、頂上岩壁の上の展望台に出る。所々に赤いヤシオの花が咲いた木々の間の整備された道を歩いていく。十時頃、ロープウエイで登ってきた大勢の観光客に混じって、御在所岳の頂上に着く。青空の下、なだらかな山々が広がっている。

 

         咲き始めたアカヤシオの花

 

 十一時過ぎ、舗装された道から国見峠への山道「裏道」へ入る。木々の間を下っていくと、やがて、遠くに四日市辺りの町が薄青く見える。その先には空と区別しがたいような伊勢湾が見える。右上に御在所岳から落ちる岩尾根を眺めながら藤内沢へと下る。少し下ると、岩が転がる沢沿いの道となる。右手の谷の奥には、三つ四つ垂直の岩盤を立てかけたような藤内壁が仰がれる。ちょうど太陽の日差しが斜めから射し、庇のように張り出した岩の部分が黒い影となって見え、凄みを増している。一九七十年台の岩登り華やかなりし頃、この岩場で訓練した高田光政さん達は、やがて、アイガー北壁の日本人一番乗りを果たす。学生の頃、夏の北アルプス合宿の帰りにここを登りに来ようと一度は計画したが果たせかった。自分が登った訳でもないのに、岩場のルートを調べたりしたため、妙にこの藤内壁に親近感を覚える。

 藤内小屋に着き、木々の間から太陽が漏れる木陰のベンチに腰を降ろす。時間は一時前で有り余るほどあるので、ビールを飲みながら、ぼんやりとくつろぐ。谷の間から麓の町が薄青く見える。下るにしたがい、谷の流れも豊かになり、木々の緑が鮮やかになっている。やがて、広く歩きやすい山道となり、麓の温泉が近くなり、電柱が出てくる。電柱の広告にドイツの登山靴ハンワグの宣伝があり、タカタ貿易と書いてある。まだ、高田さんはこの土地と関係を持っているようである。車道に出て、二時前にバス停に着く。