谷川岳と上州武尊山
樋口 正雄
六月末の週末、谷川岳の麓で兄と待ち合せる。兄は、東北で百名山を幾つか登って、上越で標題のニ山を登り、計八五山にしようという計画だ。
土曜日の朝十時過ぎ、上越線清水トンネル内の土合の地下駅で下車すると、ホームで兄が手を振っていた。地上まで、500段近い階段を上る。二十年前、上野から夜行列車でやってきて、この階段を上り、一の倉の岩場へ毎週の様に出かけたものだった。あの頃の山登りの熱気は何処へ行ったのだろう。土合駅も上越新幹線の開通で、すっかり寂れて無人駅となっている。おかげで、駅前の広場が駐車場兼キャンプ場として使われている。
この所、雨模様の天気続きで、今日も暑い霧が山を覆っている。十時半頃、ブナの新緑が美しい森の中、急坂の西黒尾根を登り始める。尾根の上に出ると、微風が吹き、汗を乾かしてくれる。右手、霧の中、マチガ沢の雪渓がヘビのように白く上に伸びている。西黒尾根の上部のザンゲ岩、雪に磨かれた平たい岩当りまでやって来る。今日は岩が濡れてツルツルと滑る。岩陰には、小さい高山植物が咲き、立ち止まっては写真に収める。
残雪の斜面を登り、二時半頃、頂上のトマの耳に着いた。ガスの中、全く視界はない。風が強く、直に、天神尾根を下る。樹林の中、延々と下り、四時過ぎ、ロープウエイ駅に着く。躊躇わず、文明の利器を利用する。今日は、土合駅前で一の倉沢を登った人達と酒盛りをする。
翌日、雨の予想に反して、曇り。休養する予定が外れ、上州武尊山を登りに行く。車で湯檜曽から藤原ダムへ向かい、七時前、武尊神社に着く。紅白の幕が張ってあり、若い人達が山開きの準備に余念がない。「先に登って来ますよ。」と声をかけ、沢沿いの道を剣の峰山へと向かう。昨日来の雨で道は所々ぬかるんでいるが、カラマツ林の中の道は気持ちが良い。急坂を登り切り、細長い尾根を行くと、十時頃、剣の峰山に着いた。曇り空だが、少し日が差し、蒸し暑い。
笹原が広がり、ハイ松や石楠花の生える尾根を武尊山へ縦走する。石がゴロゴロした斜面を喘ぎながら登り、十一時半頃、武尊山に着く。頂上は、十五六人位の人達が休んでいる。霧が晴れ、登ってきたのと反対側、片品の武尊牧場の草原が気持ちよさそうに広がっている。
樹林に覆われた西に続く尾根道を下る。しばらく行くと、鎖の垂れた、岩場が続く。そのうち、ほら貝の音が聞こえ、山開き祭りを終えた山伏が、五六人、白装束で登って来ている。頂上で神事を行うのだそうだ。尾根道を外れ、武尊神社へと下る。やがて、沢が出てきて、今朝通った道に出る。
武尊山は、麓から眺めると、裾野を引いた綺麗な山である。尾瀬や谷川岳の行き帰りいつも眺めながら、今まで、一度も登らなかった。東側の草原と西側の谷と対照的な側面を持ち、初めて登って良い山だと思った。水上駅前でマイタケのテンプラをつまみにビールで乾杯し、引き続き、草津白根や雨飾山に登る兄と別れる。
谷川岳のエーデルワイス(兄撮影)