ベニガラ谷より傾山
北九州の「小倉に住んでいた頃、祖母・傾は,四季折々に縦走や渓谷歩きを楽しんだ。尾平鉱山から祖母山から古祖母山に掛けて深く食い込む谷は、原生林に覆われて、ナメや滝の岩盤の上を勢いよく水が流れて、秋の紅葉の頃は、特に美しい。また、傾山は岩に囲まれた山である。十九才の時、山岳部の先輩と傾頂上から西に切れ落ちた岩稜を登りに来た。核心部に十メートル位のクラックがあり、手と足をクサビにして登る。登り着いた頂上で五月の太陽の下、岩の上で昼寝して、九十九越の小屋に戻った。時間が有り余るほどあった時だった。
九州に帰った十月十日朝、兄の車で久留米を発って宇目町へ向かう。道の駅で小倉からやってきた山岳会の米田(信)、力、谷崎さんの三人と合流する。林道を走り、御泊の先で駐車。十時頃、荷物を担いでベニガラ谷へ向かう。しばらく、古い軌道の跡を歩く。十二時頃、右下に谷が近づいた辺りで、林の中を谷へ降り、ナメの岩盤の上を水が這うように流れている気分の良い所に出る。昼食の後、渓谷に入る。足元から冷たい水の感触が伝わり、ワラジが滑った岩に吸い付く様な感じで安定した歩みとなる。周りの森の木々は、まだ、青々とした葉を付けている。谷が少し急になった所でシカの死骸を見つける。山の急斜面から滑り落ちて、這い上がれなかったのだろうか。
何時の間にか、しとしとと雨が降り出す。やがて、勢いよく水が流れ、谷が屈曲した所で二十メートルの滝に出る、右に大きく高巻き、廊下となった谷を歩く。四時を過ぎた頃、少し平坦な台地がある所に出る。小石をどけて、テントを張る。ガソリンバーナをテントの中で勢い良く燃やし、シャブシャブで酒盛りをする。夜中、外に出ると、キーンというシカの悲しい鳴き声が谷に響く。
翌日、雨も上がり、暗い谷から見上げる狭い空には、青空が見える。雑炊の朝食を終え、六時半頃、出発する。しばらく谷を進むと、水量豊かな二十メートルの大きな滝に出る。手前右の小沢を登り、ザイルを着けて、左の岩を登る。懸垂で谷に戻る。高度を上げるに従い、木の葉の色も黄色や赤に色付いてき、水量の多いナメ滝が続く。木々の間から朝日が差す。倒木が谷を埋め尽くした所を過ぎ、水を被りながらの登りが続く。
やがて、水が無くなり、おだやかな源頭の様子になってくる。一時過ぎ、落ち葉を敷き詰めたような小尾根の上に出たところで、大休止して、バーナで火を起し、ラーメンを作る。さらに、コーヒーを沸かし、残ったウイスキーをたらす。沢の水で冷えた体が生き返るようである。濡れ物を着替え、運動靴に履き替えて、ツゲの林の中を登る。小一時間程で、傾山から宇目町へ下る尾根道に出る。すぐ横に日当たりが良く、見晴らしの良い岩があり、ここで休憩する。遠く、五葉岳から大崩山へ続く山々が薄青く見える。すぐ近くには、鋭く切れ落ちた岸壁を見せる傾山が霧の中に見える。頂上から下ってきた人に会う。リックには、沢山のキノコを取っている。食べれるキノコを教えてもらうが、自分達で取って帰って、食べるのは不安である。
長い急な尾根道を二時間半程下り、林道に出る。力、谷崎さんが先に下って、車で迎えに登ってきてくれる。登りに車を止めた所で小倉組と別れ、兄と二人、久留米へ向かう。途中、竹田で、風呂に入り、サッパリとして、帰路に着く。