初夏の木曽駒ヶ岳

 梅雨の合間の晴れ間を期待して、木曽福島から駒ノ湯道を登り、木曽駒ヶ岳七合目に泊まり、頂上を経て上松に下りる計画を立てた。

七月三日朝九時前、木曽福島で各駅停車の電車を下り、一人、木曽駒高原行きのバスに乗る。終点で下車すると、頭上からは暑い日差しが照りつける。半ズボンにTシャツの格好になり、別荘地の中を歩く。四十分位で、駒ノ湯道の二合目にでる。ここから、アカマツやシラカバ林の中に入り、日陰になる。林の中は、ヒグラシがしきりに鳴き、次第にミズナラやブナ等の緑豊かな森となる。三合目の見晴らし台に出ると、少しモヤに霞んだ木曽谷が見下ろせる。

暫らく尾根に沿って登り、左に大きく赤林山を迂回して五合目の鞍部に着く。右下には、笹原が広がっている。上松へ登山道がこの中を下っているはずだが、判然としない。さらに急な登りを続け、六合目で左のコガラ尾根へ谷を横切る道に入る。途中、豊かな水が流れる大きな谷に出る。汗をかいて、からからになった喉を潤す。水筒に三リットル半程、水を補給していく。三時前、コガラ尾根に出て、赤い屋根の七合目小屋に着く。空には真っ青な空にフワフワと雲が浮かんでいる。裏山に見晴台のような四五メートルの岩が積み上がっている。登ってみたがなかなか登れない。あきらめて、下の岩に腰をおろす。

 小屋の前のベンチに座り、コンロでカンズメを暖めて、日本酒を飲む。今日は、一人かと思っていたら、そのうち、コガラ尾根から僕と同年代位の単独の人が登ってきた。名古屋からやってきた人で、ウイスキーをご馳走になりながら、楽しく山の話をする。

 翌朝、四時前に起きる。予報に反して、空には雲一つなく、快晴である。急いでごはんを食べ、荷物をまとめて、五時前に出発する。一般コースはここから左の山腹を大きく巻いて、九合目で尾根に出る。このコースは十二月に通っているので、今日は地図には難路と記述されている尾根伝いの道を登る。左手の山並みから朝日が輝き、モミの森の中に斜めからあかりが射したようになる。急な登りを終えると、見晴らしの良い岩の峰に出る。目の前に駒ヶ岳から空木岳へ連なる山々が黒いシルエットとなり、後には薄青く木曽御岳と残雪を残した乗鞍岳が見える。やがて、右下から駒ノ湯道が合流し、麦草岳に着く。ここから俄然険しくなる。尾根の右半分は、谷底深く白く崩壊し、岩混じりの細い尾根となる。所々、お花畑があり、黄色いミヤマキンバイ、イワベンケイや白いチングルマが群生している。


          イワベンケイの群生

 六時四十分頃、白い岩の峰の木曽前岳に着く。ここから上松道が下っており、ここに荷物を置いて、駒ヶ岳を往復する。ザックを置いて、空荷になると、背中が乾いて気持ちが良い。ハイマツの尾根道を下り、玉ノ窪小屋を通り過ぎる。小屋の中は人の気配がするが、登山者の姿は見えない。岩くずの道を登って行くと、反対側の伊那谷が見え出し、七時半頃、頂上に着く。少し寒い位の清々しい風が吹き渡る。伊那側から登ってきた人達が大勢休んでいる。あたりの写真を撮り、もと来た道を引き返す。木曽側は、登る人も少なく、本当に静かである。木曽前岳に戻り、ザックを担ぎ、上松道を下る。岩混じりの尾根道で変化に富んでいる。左手には、深い森林を抱いた三ノ沢岳が雄大に聳えている。高度を下げるに従い、太陽が真上から差し、暑さも耐えがたくなってくる。五合目の金懸小屋を通り過ぎる。三合目を過ぎると、沢音が近くなり、敬神ノ滝に出る。大きな川沿いの平坦な道を歩き、ちょうど十二時頃、二合目の登山口に着く。ここからは、昼下がりのカンカン照りの日差しを浴びて、上松駅まで
5.6Kmのアスファルトの道路を歩く。

 注.ここで駒ノ湯道、コガラ尾根と呼んだのは、地図には、それぞれ、木曽福島Aコース、Bコースと記述されている。
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