巻機山の春スキー

樋口 正雄

 四月八日午後、残雪の巻機山を頂上から滑ろうと思い立って一人で東京を発つ。まだ雪の残る六日町駅前のビジネスホテルに泊まる。

 九日の朝早く、始発バスに乗る。町を抜けると、融雪が始まった水田が広がる。山麓の清水にてバスを降りる。村はまだ厚い雪に覆われているが、道路はきれいに除雪され、谷では、雪解け水がごうごうと音を立てている。

村はずれから、スキーを履く。スキーカバーと皮靴を袋に入れて、木に吊るしておく。杉林を抜けると、あたり一面の雪原となり、これから登る巻機山の井戸尾根が正面に見える。潅木がうるさい桜坂の登りにかかる。登るにつれ、傾斜が急になり、最後はスキーを担いで平坦な尾根に出る。快晴の空の下、かすかに吹き渡る風が心地よい。目の前には、真白な巻機山から朝日岳へと続く稜線が見渡せる。しばらく樹林帯の中、スキーを走らせ、左手の尾根に出ると、眼下に真白い割引沢が望まれ、その後ろに黒々と天狗岩が雪も付けずに聳えている。やがて、樹林帯を抜け、広い雪の尾根に出る。目の前にニセ巻機山が聳えている(写真1)。

        写真1 ニセ巻機山への登り

 

 スキーを担いで、ニセ巻機の急登を終えると、本物の巻機山(牛ケ岳)が見え出す。雪の大斜面が広がり、稜線から針葉樹が帯状に繋がっている(写真2)。一旦、鞍部に滑り降り、牛ケ岳への最後の斜面を登る。やがて、広い頂上の台地に着く。反対側には、まだ雪を厚くまとった八海山、中ノ岳がゴツゴツした山並みを見せている。牛ケ岳から国境の尾根は、右に曲がり、背骨の様にうねうねと朝日岳・谷川岳へと伸びている。季節風が強いのか、尾根は岩が露出している。

 風が強く、すぐに滑降の体制に入り、登ってきた大斜面を下る。風で固められた雪面に大きなたおやかなカーブを描いて、鞍部に戻る。少し登り返し、ニセ巻機山の頂上に戻る。遠く清水の村が杉の林の間に見下ろせる。「ソーレ」と掛け声をかけて下る。雪の多い米子沢に落ちる支尾根を何回か回転したあと、長い斜滑降で登ってきた井戸尾根にもどる。樹林帯の中に入ると、雪が重くなってくる。風のない広い雪の盆地で、大事に持ってきた一本のビールを空け、からからの喉を潤す。

 次第に、樹林が密になってくる。急斜面の桜坂の上に来る。木と木の間を潜り抜け、登山口に滑り降りる。林道を滑り、途中から杉林の中の近道に入り、清水の村はずれに着いた。靴の入った黒い袋が人待ち顔で木の枝に掛かっていた。登り4時間、滑り1時間半の行程だったが、久しぶりに充実したスキーを満喫できた。

スキー板をかたづけ、半袖のTシャツに着替えて、さっぱりした気分で帰りのバスに乗る。日焼けで顔がピリピリしてくる。

            写真2 巻機山(牛ケ岳)頂上を見る