早春の信州妙高高原にて
樋口 正雄
五月三日の朝、新幹線で東京を出発し、長野へ向かう。長野から信越線で北に向かう。雪溶け水を集めた千曲川は勢いよく流れている。飯綱、黒姫とたおやかな山の麓では、桜が咲き、木々の芽も吹き始めている。妙高高原で電車を降り、タクシにて、妙高山の裏側の笹ケ峰高原に入る。ここは、 春まだ早い一面の銀世界が広がっている。相棒のFさんは歩きで、私はスキーを付けて登り始める。雪に覆われたぶなの森を抜ける。黒沢から十二曲りの急登を喘ぎながら登る。富士見平まで来る頃には、空はすっかり晴れ渡り、前方に真っ白い雪を付けた火打山、焼山、高妻山と北信濃の名山が見え出す。しらびそ林を抜けて、昼過ぎ、高谷池ヒュッテに着く。三階建ての小屋はまだ二階の半分まで雪に埋まっている。真っ青な空の下、火打山を見ながら、ヒュッテ前の乾いた板の上に寝転がって、ビールを飲む。登りの疲れも霧散し、至福のひとときを過ごす。
翌四日、うって変わって、小雪が舞い冷たい北風が吹く。午前中は、本を読んで過ごす。昼過ぎから、急に天候が回復してきた。早速、火打山に向けて出発する。登るにつれて、背後に円錐形の妙高山が高く聳えてくる。北風が吹きつける頂上に立つ。北に、火山の焼山が薄く噴煙を上げ、西には北アルプスの峰が白い屏風の様に聳えている。直ぐ南には、戸隠の山々が見える。
頂上から、登ってきた尾根を離れて、直接沢に落ちる急傾斜の純白の斜面を滑り降りる。頂上直下の固い雪の急傾斜の斜面をやり過ごすと、ざらめ雪の斜面になる。一時間以上かかった登りも数分で下ってしまう。下から山を見上げると、雪の斜面に後続の人達が思い思いのシュプールを描きながら降りてくるのが見える。小屋に戻ると、周りにテントが急に増えていた。どのテントも夕食の準備に余念がない。夕方、山々は夕焼けに輝き、明日の晴天を約束している。
火打山からの滑降ルート
五日、快晴の朝が明ける。小屋を後に裏山を登ると、真下に真っ白に凍結した黒沢池が見える。左下に見える黒沢池ヒュッテをめがけて滑り降りる。小屋の前では、大勢の人達がスキーの準備に余念がない。 小屋からは、三田原山をめざして登る。大きな雪庇が張り出した稜線に登りつくと、直ぐ左には、黒々とした岩を見せる妙高山が迫ってくる。右手遠くに、白馬岳から鹿島槍ケ岳に続く雪の山々が手に取るように見える。麓には暖かそうな緑の平原が広がり、野尻湖が深い緑色の水をたたえている。なだらかな尾根を歩き、右下に妙高杉の原に続く支尾根を下る。真上にギラギラの太陽が輝き、誰もいない残雪の尾根にスキーを走らせる。尾根を下り、沢を一つ渡って、妙高国際スキー場の上に出た。リフトが取り除かれシーズンを終えたスキー場の中を滑り、最後は車道に出て山行を終えた。
妙高温泉の町営浴場にて一風呂浴びて、赤や黄色の花が咲く通りをのんびりと歩く。駅前食堂で特製信州ソバを食べて、帰路に着く。