谷川連峰 湯檜曽川本谷
樋口 正雄
道のない谷を遡り、谷の中で泊まり、頂上に出るという山登りは、谷深い日本の山に合った山歩きである。日本初期の登山家、田部重冶さんの文章に曰く、
「山に登るということは、絶対に山に寝ることでなければならない。山から出たばかりの水を飲むことでなければならない。」
このような山登りを実践しようと、今年になってニ度訪れた谷川連峰の湯檜曽川を遡り、川の源流で泊まり、朝日岳に登ろうと計画した。
七月ニ七日朝早く、学生時代の友人と、車で川崎を出て、谷川岳の麓の土合にやってくる。すでに夏の暑い日差しが照りつけている。九時半頃、湯檜曽川の右岸の新道沿いに、歩き始める。あたりは、ブナの大木が生い茂り、至る所から、水が湧き出している。左手、森の上には、一の倉沢、幽の沢の大岩壁が望まれる。二十台に二人で登った滝沢、烏帽子岩、幽の沢中央壁などの岩場を目で追う。
十一時過ぎに、武能沢に至り、ここから湯檜曽川本谷へ入る。白い大きな岩がゴロゴロとしている。やがて、両岸が狭まり、勢い良く水が流れ落ちる魚止めの滝に出会う。何度か逡巡した末、滑りそうな小さい足場に足をかけ、左の岩を登り切る。しばらく、水量が多い淵が続く。淵の出口の小滝は、深い釜があり、胸まで水に浸かり、乗越す。やがて、谷は両岸が狭まり、廊下状となり、雪渓が谷を塞ぐ。左手前の岩を登り、滝の中段の平べったい岩の上に出る。太陽が、真上からジリジリに照り、気持ちの良い。水は澄んで美しい。ここで、昼食にする。
谷は、左に大きく屈曲し、支谷が両側から流入した十字峡にでる。水がぶつかり、白いしぶきをあげている。さらに行くと、20m位の滝が行く手を塞ぐ。左の草付を登り、上に出る。谷はナメと釜が続く。
麗しい流れに沿って登る
やがて、左に、七つ小屋谷を見送りと、本谷は狭まり、滝が連続してくる。雪渓が崩れて、谷の中に、雪のブロックが散乱している。雪の下を通ると、ひんやりとした冷気伝わってくる。時間もニ時を過ぎ、少し疲れてきた。今晩泊まれそうな台地を探しながら、ゆっくりと登る。
突然、雪のブロックが行く手をさえぎる
谷が右に大きく屈曲し、川から2−3m高い所に、丁度二人位横になれる砂地があり、ここに今日は泊まることにする。さっそく、シートを引いて、濡れたシャツ、半ズボンを着替える。大事に持ってきたビールを空け、コンロで焼肉を始める。さらに、赤ぶどう酒を飲み、すっかり寛ぐ。
翌朝、少し雲が出ているが、天気は晴れ。雑炊に味噌汁を作る。荷物をリックに詰めて、六時前、二日目の行動を開始する。すぐに、40m位の大きな滝に出会う。その前に、釜を持つ小滝があり、泳がないと、大滝に取り付けない。まだ、乾いたシャツを着ている状態なので、水泳は遠慮して、右の草付を登り、大きく高巻く。上に出ると、さすがの谷もおだやかな流れになってきた。次第に、高度を稼ぐようになり、背後に、蓬峠のたおやかな草原が見える。谷は、いつしか水が消え、笹藪の中を過ぎ、高山植物が群生する草原を横切り、十時半頃、待望の朝日岳頂上に着いた。
尾根を縦走している登山者が十人位休んでいる。さっそく、ミルクティ‐を沸かし、チョコレートをかじって休息する。すぐ下には、草原の中に池塘があり、お花畑が広がっている。ニッコウキスゲの群生する尾根道を土合へと歩き始める。笠ケ岳に着くと、真下に二日かけて歩いた湯檜曽川の本谷が広がり、背後には、岩場を連ねた谷川岳の東面が見渡せる。
ニッコウキスゲが咲き乱れる草原
最後の頂上の白毛門岳に着く。お昼を過ぎ、真夏のかんかん照りに体力が消耗してきた。下りながら掴む岩は、太陽にさらされて熱い。水筒の水もなくなり、ふらふらになりながら、三時半頃、出発点の湯檜曽川に降りつく。荷物を放り出し、冷たい流れに顔をつけて、ゴクゴクと水を飲む。
谷の遡行を終えて朝日岳にて