ミヤマキリシマの由布・九重

     樋口 正雄

 五月三一日、泣き出しそうな空の下、兄の車で久留米から湯布院へと向かう。由布岳の麓の青々とした草原は、雨に濡れて潤いに満ち溢れている。

 十時前、由布岳と鶴見岳の峠にあたる猪ノ瀬戸から登り始める。アセビやコナラの気持ちの良い林の中を歩き始める。やがて岩の間を登り、お昼前に、頂上火口の一角に登り着く。青空が見えてきた。緑の絨毯のようなへこんだ火口を真中に、由布岳の西峰と東峰が見渡せる。草の上に座り込んで、お昼ご飯を食べる。

岩尾根を西峰に向かって歩き始める。ピンク色のミヤマキリシマが所々咲いている。しかし、半分以上は、茶色く枯れていて痛々しい。頂上には、一人さびしそうにカメラを抱えた登山者に会う。やはり、思いは同じ。「ミヤマキリシマの花が少ないですね。」と声を交わす。

西峰を下り、東峰との鞍部に降りる。こちらの斜面は、深い霧に覆われている。ジグザグの道を合野越へ下る。裾野を回って、四時前、猪ノ瀬戸へと戻る。車で会社の湯布院保養所へ向かう。湯船につかると、今日の疲れも霧散していく。部屋からは、薄青い九重の山並が見渡せる。

 翌一日、朝から良い天気に恵まれる。車で九重へと向かう。長者原に来ると、飯田高原を前に、ラクダのコブの様な懐かしい三俣山が見え出す。車の駐車の列が続く牧の戸越を過ぎ、瀬の本高原へと下る。青い霞の中、阿蘇山が遠く見える。久住の裾を行き、沢水に着く。

十時前、身支度を整えて、鳴子山へと向かう。沢沿いの道を行く。途中で先行していた人に追いつく。「お先にどうぞ。」という言葉につられて、沢沿いに進んでいく。やがて、左手遠くに登山道が見え、道を誤ったことに気付く。大分登ってきたのと、目の前の鳴子山が気になり、そのまま登る。沢の源頭から藪を漕いで、尾根に上がる。ミヤマキリシマが咲く尾根の踏み跡を辿り、鳴子山に着く。目の前に稲星から中岳となだらかな山並みが見渡せる。尾根道を歩き、白口岳へ登る。十二時半頃、頂上に着く。爽やかの風が吹き、目下に、坊ケツルの草原が広がり、大船山が見える。しかし、ここのミヤマキリシマも半分近く枯れていた。

 昼食の後、急斜面を鉾立峠へと下る。下る程に、大船山、平治岳が高く聳えてくる。峠から右下の緑の湿原へ下る。沢水に戻り、車で湯布院へと帰る。

 飯田高原から雄大な裾野を引き、三つのなだらかな頂上を見せる三俣山を見てに初めて九重に来た頃を思い出した。およそ四十年前の中学一年の夏、冷たい雨の中、初めて牧の戸から久住山に登った。峠にやまなみハイウエイが通る前の山屋だけの静かな久住だった。それから、十年位、四季折々に九重を登った。ミヤマキリシマは、当時も咲いていたはずだが、余り花を眺めた記憶は残っていない。九重の思い出は、山仲間と火を囲んで良く歌った「坊ケツル賛歌」とともに心に残っている。

 

人みな花に酔う時も 残雪恋し山に入り

涙を流す山男 雪解の水に春を知る

 

石楠花谷の三俣山 花を散らしつ藪分けて

湯沢に下る山男 メランコリーを知るものぞ

 

ミヤマキリシマ咲き誇る 山はピンクの大船の

段原さまよう山男 花の情けを知るや君

 

四面山なる坊ケツル 夏はキャンプの火を囲み 

夜空を仰ぐ山男 無我を悟るはこの時ぞ

 

ミヤマキリシマ咲く由布岳を行く