雪の久住山再訪
一月十六日、所要あって実家のある九州に帰る。その夜は久留米の兄の家に泊まる。夜はしんしんと冷え、雨が雪に変わる。
翌十七日、朝起きると一面の雪景色である。曇っていた空も次第に晴れてきたので、お昼過ぎ、兄の車で九重へ向かう。雪深い大分と熊本の県境を越え、瀬ノ本高原に入ると、草原は一面の雪景色で薄い霧におおわれている。久住の山裾を進む頃には、上空に青空が広がってくる。赤川温泉への登り道は雪が厚く積もり、車はあえぎながらも何とか登る。
駐車場は雪におおわれていて、一台の車も止まっていない。山の荷物を整理していると、昨年、ここにやって来て、雨のため久住に登れなかった時、食べ物をやった温泉のスピッツが寄ってくる。どうも僕を覚えていてくれたらしい。今日は、あげるものがないので、一緒に車で登ってきた雪道を散歩する。林の間からは雪を着けた久住山が鋭くそびえ、左には茅戸に覆われた茶色い扇ヶ鼻が見える。
赤川温泉のスピッツと雪道を散歩する(兄撮影)
車の中に泊まる。兄と焼酎を飲みながら、お互いの家族のことなどを話し込む。深夜、起きてみると、あたりをおおっていた霧も晴れて、満天の星空にオリオン座が輝いている。「明日は晴れだな。」
翌十八日、雲一つない快晴。雑煮を食べた後、七時半に出発する。硫黄の匂いが漂う源泉を通り抜け、山道に入る。雪は次第に深くなり、踏み跡も無くなり、膝あたりまでもぐる。潅木の中の緩い登りを抜けると、視界が開けた火山岩の尾根の急登になる。溝のような夏道には雪が深く積もり、なかなか前へ進めない。後を振り返ると、真白な阿蘇の草原が広がり、阿蘇根子岳や高岳が雄大に見える。その左には、祖母山から傾山への尾根が薄青く見える。やがて、大きな岩の間を抜けると、ゆるやかな雪原となり、十一時頃、久住山に着く。懐かしい思い出がつまったこの山頂に立つのは三十五年ぶりだ。足元には、純白の北千里ヶ浜が続いている。その奥には硫黄山が噴煙を吹き上げ、右手には三俣山から大船山へ続く山々が白くゆるやかにそびえている。
久住山頂上にて兄と(硫黄山の噴煙を後ろに見る)
登ってきたのと反対側の雪深い牧ノ戸峠道を下る。山頂から少し下ったところで、すれ違った人が僕の名前を呼ぶので、びっくりして振り返ると、久留米から来た高校の同級生である。懐かしく挨拶を交わし、一緒に写真を撮る。町ではなかなか会わないのに、この雪の高嶺で偶然会えるとは驚きである。
右手に瀬ノ本高原を見下ろし、久住山を見上げる(兄撮影)
谷から冷たい風が吹き上げる雪の鞍部を急いで通り過ぎる。岩ゴツゴツの星生山を右に見ながら、西千里ヶ浜に入る。ここは、盆地になっていて、風も和らぎ、快晴の空の下、暖かい日差しが射す。今日は、大勢の人が久住の頂上を目指して登ってきている。牧ノ戸峠道から分かれて、下山コースの扇ヶ鼻へ入る。途中から雪の登りに人の歩いた跡がなくなり、太ももまでもぐる。大汗をかいて阿蘇が見える頂上に着く。ここで赤川から雪道にトレースを着けて来た人達とすれ違って、ようやく歩行が楽になる。雪に覆われた瀬ノ本高原が午後の太陽に照らされて白く輝き、少し雪が緩んできた陽だまりの尾根を下る。一時過ぎ、赤川に降りてくると、白いスピッツが仲間の黒い犬と一緒にしっぽを振りながら出迎えてくれる。雪に濡れた衣類を脱ぎ、山の荷物を片付けて車に乗る。途中の黒川温泉で一風呂浴びてさっぱりとしたところで帰路に着く。久留米に近づくにつれて、晴れていた空も次第に曇ってきて、雨が車のフロントガラスをたたき始める。