北八ヶ岳の雪の森を歩く・・高見石・ニュー・黒百合平

 

暮れの十二月三十日早朝、雲空だが、少し晴れ間が見える。始発の路線バスでひとり渋ノ湯へ向かう。バスには、数人の登山者と旅館に新聞を配っているおじさんが乗っている。九十九折れの凍った雪道を喘ぎながら登り切ると、温泉宿の辰野館前に着く。おじさんが、郵便受けに新聞を投げ入れている。後は、運転手と世間話をしている。

七時半頃、渋ノ湯に着く。寒さが身にしみる。あたりはすっかり曇り空になり、小雪が舞い始める。渋川を渡り、高見石へ向かう。森の中の登山道は、昨日の積雪で踏跡がすっかり隠れ、岩の上にふんわりと雪が積もって何度も滑りそうになる。沢沿いに登り、樹林帯の中を行く。やがて、木がなくなり、谷全体に岩が積み重なった「賽の河原」と呼ばれる所にでる。夏は岩の上をトントンと歩いて行く所だが、今は、雪が足場を隠し、悪いことに所々、岩の隙間が雪で隠れて落とし穴の様になっている。穴に落ちないように、足元を確かめながらゆっくりと進む。ここを抜けて樹林帯に入り、しばらく登ると、丸山からの道に合流する。

十時頃、高見石小屋に着く。登山客は出払ったらしく、小屋番は屋根の雪下ろしに余念がない。小屋の横から、新雪に覆われて大きな岩が積み重なった高見石の上に登る。雪雲の下、寒風が吹きつけ、足下には黒木の森が広がり、真白い白駒池が見える。

岩から降りて、森の道を池へ下る。ここは大勢の人が歩いたらしく、雪道が踏み固められて、きれいな道になっている。やがて、平坦な道となり、目の前に白い湖が見え出す。少し晴れ間が出てきて、キラキラと雪面が輝く。池の周りを右に歩く。途中から森に入り、森の中の可愛い岩山の「ニュー」へ向かう。ここは、誰か歩いた跡があり、歩きやすい。平坦な森の道をしばらく歩き、少し急な登りになる。一時間程で森が切れた尾根の上に出る。左に少し岩を登ると、ニューの岩の上に着いた。冷たい風が下から吹き上げてくる。さっき通ってきた白駒池が雪に覆われた樹林の中にポッカリと白い点に見える。

早々に岩から降りて、樹林帯の中を中山へと向かう。森の中は、風も和らぎ、左手遠くに佐久の町を眺めながらのんびりと歩く。浅い谷をはさんで、稲子岳に続くなだらかな黒木に覆われた尾根が続き、正面には、厚い雲に覆われた天狗岳の山裾が見える。十二時半頃、中山峠に着く。右に黒百合平の小屋へと下りて行く。夏の湿原は雪に覆われ、二人の若者が休んでいる。温度計はマイナス十二度を指しているが、それほど寒さを感じない。小屋の前で、朝、作ってきた握り飯を食べる。

ここから大勢の人が歩いて舗装道路の様になった雪道を下る。帰りのバスまで十分時間があるのだが、いつもの癖でついつい早足になる。相変わらずどんよりとした曇り空の下、シラビソやトウヒの森の中を歩く。やがて、温泉の硫黄の臭いがしてきて、二時過ぎに、今朝歩き始めた高見石との分岐に出る。川を渡り、渋ノ湯に着いた。十人位の登山者に混じって、三時前のバスで山を下る。

 北八ヶ岳は、余り顕著な山は無く、針葉樹の森の中を歩く。雪に覆われた森は、静寂が支配し、時々、木々のこすれ合うギーギーという音がして、ビックリさせられる。山を降りると、一日中、静寂の中にいたためか、我に返った様な気分になる。

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